お知らせ 公式ブログ 2026.03.05

昇段者インタビュー① 51歳で黒帯に!「人が好きで仕方がない」




昨年の12月に見事に昇段審査を合格した、青木大祐さんにインタビューをおこないました。

道場に集まる人への好奇心が絶えないのだなと、情報量の多すぎるコメントに微笑ましさを感じました。

青木さんが語る「家族愛」「仲間愛」そして「道場愛」。是非ご覧ください。

(インタビュー:原宿本部道場 永井仁高)


Q 空手を始めたきっかけを教えていただけますか?

2015年に4歳で入門した息子の付添い・送迎のため蔵前道場に通うなかで、鈴木先生に「お父さんも一緒にどうですか?」と誘っていただいたことが始まりでした。

最初は鈴木先生の社交辞令だと思い、失礼ながら生返事でスルーしていたのですが、親子での空手体験イベントの機会が連続して提供されたことで、「これは本気で誘っていただいているんだな」と理解いたしました。

春の新入会キャンペーンがあった2018年5月に入会。ただ、体力に不安があったため、Tシャツ・短パン着用で参加できる「ストライキングクラス」にだけ通うようになりました。

当時はMUGENでは、まだフルコン空手ルールの時代でケガが怖かったですね。 息子の引率で参加していた大会の場で、大人同士が激しくぶつかり合うのを何度も間近で見ておりましたので。

空手をちゃんと始めた(道着に袖を通した)のは、運動習慣が付いた2019年4月になってからです。私が45歳になる年で、ちょうど蔵前道場の内装リニューアルのタイミングでした。

もともと「戦わない武道」として合気道には興味があり、地元で習えるところを探してはいたので、打撃だけでなく投げや捌きがある無拳流の特徴が決め手になりました。

普通の空手やボクシングジムなら固辞したままだったと思います。

そもそも引率の保護者が入会を誘われることってあまりないような?とも思います。

40代のうちに何らか運動はしていたかもしれませんが、自分から武道、格闘技を始めることはなかったと思います。素晴らしいご縁をいただいたと思います。


Q 道場の最初の印象はいかがでしたか?

ご近所で「子どもの習い事」として蔵前道場の評判が良くて、複数の先輩キッズが「楽しいよ!」と息子を紹介してくれたのがわが家とMUGEN KARATEの出会いでした。

いざ見学に訪ねたら、想像よりおしゃれで和やかな雰囲気があり、ゴールデンエイジのフィジカル向上に寄与する運動プログラムが取り入れられているのも好印象でした。

実際に子どもたちが活き活きとしていたのが会員になる決め手になりました。余談ですが、地元小学校の運動会で活躍していた児童は、だいたい蔵前道場で駆け回っている顔なじみたちでした。今でもその伝統は続いているだろうと思います。

また、最初のストライキングクラス体験時に偶然、同じく体験に来られていた林辰壱、辰太郎君兄弟※のお母さん・お姉さんと一緒させてもらいました。

(*林兄弟:蔵前出身の原宿本部道場所属のホープ。キックやボクシングで複数の全日本チャンピオンになるなど活躍中)

そこでお母さんもお姉さんも、本当に鮮やかな動きでサンドバックを揺らす様をみて、ああ、「小学校きってのスポーツ万能・林兄弟」の伝説はこの女性陣に育まれたからだと納得したのを覚えています。

そういえば、ストライキングクラスは照明を暗くしたり、音楽をかけられたりで楽しい時間でした。常にプログラムを試行錯誤され、新しい試みがあり、続ける楽しみをいただけるのもMUGENの特徴だと思います。


Q さすが林兄弟の母姉ですね(笑) 他に気になった人物はいましたか?

入門初期に「気になった人物」として、年代も体格も近いためよくペア稽古させてもらったWさんです。(現在は俳優業の都合で退会)

『踊るさんま御殿』出演時は、ご自身のお子さんの十人組手の中で相手になった際に気合が入り過ぎたエピソードで爆笑をとられていました。

今も飲み友達です。密着して技をかけ合う練習時に、こちらが遠慮気味だと「ほら、青木さんくっつかなきゃ技にならない!」と叱られました。

私の十人組手の際、最後ふらふらながら巴投げの動きが出せたのは、このWさんの得意技で何度なくしかけられていたのを、疲れ切った身体が覚えていたからだと思います。

その他、入門当時お世話になった先輩がたの多くが、コロナ禍前後で代替わりのように去られていったのが残念でしたが、皆さんには本当に優しく指導いただきました。

皆さんには、ずっと感謝しています。

自分も50代となったいま、できることを楽しみながら積み上げておきたいと考えています。なるべくその先も続けられたら幸せです。


道場に入って空手への取り組み方で変わったこと、変わらないことはありますか?

空手への取り組み方として、対人の間合い、物理的な距離感は少しずつ変わってきました。お互いの良いところ(技)が出し合えるバランスが大事で、ケガしない・させないことを大前提として(そこは変わりません)、遠慮しすぎても、またしなさすぎてもだめだなと思うようになりました。


好きな技は何ですか?それが好きな理由や、それにまつわるエピソードを教えてください。

組手スペースの問題で滅多にしかけませんが、巴投げです。

既出のWさんとのエピソードと被りますが、私の十人組手の際、最後ふらふらながら巴投げの動きが出せたのは、このWさんの得意技で何度なく仕かけられていたのを、身体が覚えていたからだと思います。

Wさんの他、蔵前時代で中1頃の林辰一くんが果敢にしかけてきたのも覚えています。空手の道場ながら、受け身(護身)ベースでこうした技を教わることもできるのが楽しいです。


白帯から色帯時代にみた、先輩たちの昇段試験の印象は?

年代も性別も問わず、とにかく過酷な試練の関門で、ガチ勢ではずっとない(いわゆるエンジョイ勢の)自分が挑戦できるとは、正直ずっと思ってなかったです。

ただ、黄色帯時代に息子のキッズ黒帯審査があって、その十人目に立たせてもらったのが光栄でした。とてもうれしい反面、息子にとっては厳粛で大事な舞台なので、私で良かったのか、師匠の鈴木先生とやりたかったのではないかと思うこともあります。息子には、社会人の時の昇段審査のときには、ぜひ鈴木先生へ挑んでほしいと思っています。

また、フルコン空手形式から現行ルール(顔面ありの寸止め)になってから始めての審査会が青山道場で開催された際、蔵前の先輩である本間さんの十人組手が、フルコートの舞台独占で、緊張感のあるなか見事に達成されたことが印象に残っていて、模範にして臨みたいと思っていました。


道場ライフを続けられたモチベーションはどこにあったっと思いますか?

継続のモチベーションは、家が近いから(笑)という利点がありつつ、この10年、息子もずっとがんばっていたこと、妻が毎週大量の洗濯物を笑顔で引き受けて励ましてくれたという、家族の支えが一番でした。

それから、普段お世話になっている鈴木先生の「男は黙ってブラック(缶コーヒー)」的な質実剛健さで現場を守る姿勢と、山口代表のリアリストであることと「夢」を見ることを両立させるヴィジョンに興味が尽きず、今まで続いてきたように思います。

両先生とは同じ団塊ジュニア世代の親和性(共通の話題)があるのも、私が継続してこられた背景として大きいかもしれません。


影響を受けた道場生の影言葉などはありますか?

「影響を受けた言葉」のは、今回一緒に黒帯を受験した森島さんのスピーチです。

入門して最初の審査会で青山にお邪魔した際、彼はそのとき既に緑帯でしたが、その後大きな怪我が続いて昇段は遅れることになったりつつも、その間に奥様の昇段をサポートされたりしていた方です。

その彼が 「私は自分と妻の人生を豊かにするために空手をやっています」 といったことがあったんです。。

素敵なこと言うなぁ‥とずっと覚えていました。

今回、その森島さんと一緒のタイミングで蔵前から十人組手を受けることになって、励まし合えたのも幸いでした。原宿での二次会の後、二人で寄り道した湯島での飲み直しは27時半を過ぎていました。


道場での人との関わり合いも魅力的なのですね。

今回、蔵前からのもう一人挑戦された山田さんや、蔵前から原宿に移籍されて先に昇段を達成された佐賀さんといった親子空手家の皆さんとは類似した家庭事情から親近感があったりします。

また、本部会員でも、私と体格と年代が近くて大会やイベントで一緒することが続いた山口さん(こちらも大阪転勤中の金融マン)や長身の小濱さん、英国人のアンディさんといった団塊ジュニアおっさん組とは自然と親交が深まっていたりで、同じ一門で励んでいる仲間意識ができていました。

自分の性格上、新鮮なキャラクターと交流できるのが楽しいので、無拳流のようなコミュニティがありがたいです。


  • 昇段審査前の最高の思い出はなんですか?


直前の蔵前大会で優勝したことです。

空手は初心者ながらフィジカル最強のNさん、俊敏な大学生に成長したDくんに連勝できました。

その勢いで大将に指名された団体戦も盛り上げて優勝できたことも強く思い出に残っています。

勝敗は正直に言うと”おまけ”なのですが、下手なりにしっかり動けたことが嬉しかったというのが本音です。

このときは、試合経験豊富な息子からは「父の試合ぶりからは勝ちたいという気概がみえない。ちゃんとがんばろう」と苦言を呈されていたため、ちゃんとできて良かったです。


継続する中で苦しかったことは? それを克服できた理由は何でしょう?

左利きのためか中高年入門者あるあるか、そもそもセンスがないだけか、昇級審査の課題となる捌きの習得の覚えが悪くて、指導いただく先生や先輩がたに厄介をかけ続けていたのは心苦しかったです。

また、股、膝の関節痛が持病化して思うように動けず通院していた時期も苦しかったですね。

その克服にあたっては、同じく関節の怪我に苦しまれてきた森島さんから愛用のサプリを勧めてもらいました。また、2年前の演武会参加にあたって集中して稽古できた経験で、現在も下手でお恥ずかしいのですが、テイクダウンの挙動がそれ以前よりははっきり改善できたように感じています。

  諦めず、継続して道場に通うというのが一番だと思います。


   今回の昇段試験に向けた取り組みで、心に期したこと、苦労したこと、できたこと、できなかったことなどを教えてください。  

心に期したのは、「最後まで立ってかまえていられること」。

そのために、スマホのトレーニング管理アプリで週2-3回の稽古回数と内容を記録するようになり、AIにも相談して50歳過ぎての十人組手を乗り切れる体力づくりを心掛けていました。

それでも本番は思うように動けず……というのも予想通りではありました。


 
  • 実際の昇段審査の感想を教えてください
 

本番直前に発された山口代表の檄から、事前予想を超えたかたちになることがわかり底力をみせてみろというような言外の目標が伝わってきたような気がして、気合が入りました。  

そもそも「十人組手」といっても、誰にでも一律なものではあり得なくて、流派によっても違うでしょうが、また無拳流の中でも受験者によって、相手のラインナップがガラッと変わりますよね。

受験者に何を求めるか、何を与えようとされるかというマッチメイカーの配慮、無言のメッセージが感じられる重要な機会であることを、今回、自分事として痛感しました。  

まだ余裕があった序盤の緊張感もそうですが、終盤にライフゼロ段階で息子世代といえる若者たちと組手をできたことも得難い体験でした。

それから中盤にお相手いただいた熟練のTさんの足払いの優しさ(スタミナを削られたという意味ではイヤラしさ)や、最後にお相手いただいた鈴木先生の表情と裏腹にある優しさも感じました、 何度も膝をついてダウンしかかりつつ、最後にはとにもかくにも技をしかける気概を出せて終わり、立ち上がることができて良かったです。  

そうそう、マッチメイクといえば、十人組手の順番にも今回驚きがあり、今回は原宿所属の娘さんと激闘を交わされた山田さんか、前述の先輩森島さんかどちらかが、蔵前組の中ではトリのターンを任される(最後に広々とワンコートを占める)と予想していたのが、なぜ私になったかには謎が残っています。

ただの偶然か山口代表の閃きかわかりませんが、おかげさまに感謝しています。

麻以先生に撮っていただいたその折の写真が家宝になりました。


これからの道場ライフで目指すものは何ですか?

体をいたわりつつ怪我せずさせずで、1日でも長く空手を継続できることです。そのためには、比較的怪我のリスクの低い「ボクシングクラス」も並行して練習して、基礎体力や反射神経を養っていくのが良いのかなと思っています。  


MUGENに期待すること、感じていることは何ですか?  

これまでのように、変わりながら継続してゆかれることです。

どうしても時代の変化、世代交代の波は避けられないなかで、新しいことに貪欲に挑戦していくMUGEN(無拳流)のスタイルは、世の中で非常にレアなものです。

武道家やアスリート志向とは縁遠い文系人間の自分ですが、そうした「空手道場らしくない」メンバーもなぜか引き寄せられていて、思いもよらない刺激がある知的な場所として――集まり参じて人は変わっても、長く繁栄していてほしいです。

(インタビュー:本部道場 永井仁高)

MUGEN RYU TOKYO INTERNATIONAL KARATEDO

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